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第70回全国高校野球選手権記念静岡大会 決勝戦 昭和63年8月1日 静岡球場 浜松商対富士宮西
試合は浜松商・岡本将秀、富士宮西・佐藤秀樹両エースの一歩も譲らない投手戦となった。先制したのは浜商。3回、先頭の森口毅が四球で出塁。山田がバントの後、岡本の安打で一死1,3塁とチャンスを広げると、山下晃永が落ち着いてスリーバントスクイズを決めた。浜商は5回にも1死後、森口が安打で出塁し、盗塁を試みるが失敗に終わるなど、追加点が奪えないまま7回を迎える。ここまで岡本投手は何とか宮西打線を1安打に抑えてきたが、この回、1死二塁から宮沢に適時二塁打を打たれ、1−1の同点とされる。浜商は7,8回と得点圏に走者を進めたが、佐藤投手の前に決定打を打てない。追い付いて意気あがる宮西も岡本投手と浜商守備陣の堅守の前に勝ち越すまでには至らなかった。試合は1−1のまま、延長に突入。
膠着状態を脱する為にはどこかで勝負に出なくてはならないが、これは当然のことながらリスクも伴う。失敗すれば、流れが相手に傾く恐れもある。どこで仕掛けるか、その見極めは非常に難しい。10回表のピンチを切り抜けた直後の10回裏、浜商が動く。1死から四球で出塁した山田紀麿がスタートを切る。打ち崩せなければ、機動力で相手を揺さぶって点を取りに行く。このチームはこうやって勝ち上がってきたのだった。ここでもその機動力を使って勝負に出るが、この賭けは5回に続いて宮西・後藤捕手の強肩の前に失敗に終わる。結局、浜商はこの回も無得点。 浜商の機動力が封じ込まれた直後の11回表、宮西は1死走者なしから6番・野村に本塁打が飛び出し、勝ち越し。その裏、浜商は死球で出塁の田中言彦を、西尾隆広が送って1死二塁。打順は4,5番という絶好の場面であるが、この日に限っては浜商上位陣には当たりがない。4番・鈴木光敏、5番・加藤佳孝ともにここまで無安打で、この場面でも鈴木光が凡退。いよいよあと一人。 しかし、この土壇場で底力を発揮するのが浜商が「粘りの浜商」たる由縁。加藤佳に起死回生の同点二塁打が飛び出し、試合は振り出しに戻る。追いついた浜商は、12回、絶好のサヨナラのチャンスを掴む。3つの四死球で1死満塁として、打席には2番の田中が入った。強攻か、スクイズか。ベンチは迷った末に、強攻を選択する。しかし、宮西・佐藤の踏ん張りの前に田中は三振。続く西尾も三振に倒れ、絶好のチャンスを逃してしまう。12回に決着をつけられなかった浜商は13回、またもや窮地に立たされる。チャンスを生かせなければ、今度は相手にチャンスがいく。チャンスはチャンスであると同時にピンチでもあると言える。これは野球に限らず、あらゆる勝負事でもそういうものだろう。ここまで力投を続けてきた佐藤が自ら、レフトスタンドへ勝ち越しの本塁打を放った。延長13回表、再び富士宮西が1点リード。 後がない浜商だが、この日ここまで無安打だった先頭の鈴木光がセンターへ安打を放ち、無死一塁。同点を狙うならば送る場面だが、ベンチは一気に勝負に出た。11回に同点二塁打を放っている5番の加藤佳はその期待に応え、安打で続く。この試合、一度もなかった連打が、この正念場で出る。恐ろしい集中力。続く鈴木裕司のショートゴロの間に、鈴木光がホームインし、同点。さらに、打者・森口の場面で佐藤投手が暴投。これで二塁走者の加藤佳が進塁、1死三塁となる。一転して、サヨナラのチャンス。こうなれば当然、宮西ベンチは森口、山田を歩かせて満塁策をとる。そして迎えるのは9番の岡本。スクイズが考えられる場面だが、岡本はこの日、4打数4安打と浜商の中で唯一、当たっていた。その岡本は佐藤投手に対して果敢に打って出る。ファールが続いて、カウントは2−0。新聞記事などによれば、上村敏正監督は「カウント2−2になったらスクイズ」と決めていたらしい。”ウエストさえされなければ、確実に決められる”という、選手の技術と精神力に対する絶大な信頼があったからこその、この場面でのスリーバントスクイズの選択。そして、この時のために今まで猛練習をしてきたのだという自信が、監督、選手には当然あっただろう。 そして、カウントが2−2になった。予定通り、スクイズのサインが出た。しかし、ここで予定外のことが起きた。相手ベンチで三村監督が鼻に手をあてる仕草をしたのが目に入った。上村監督は「もしや、読まれているか?」と思い、一旦、三塁走者にタイムをかけさせようとするが、その声は観衆の声援にかき消されて届かなかった。 三塁走者の加藤佳がそのままスタートを切ると、不安は外れ、佐藤投手の投球はストライクゾーンへ。 岡本選手も監督の信頼に応えた。この緊迫した場面で、普段の練習と同じように、バントしてフェアグラウンドに転がした。一塁手がボールを拾った時点で、既に加藤佳が甲子園につながるホームに滑り込んでいた。 勝利の瞬間、右手を突き上げながら一塁キャンバスを駆け抜けた岡本選手は、痛み止めの注射でわき腹の痛みをごまかしての投球だった。13回に2本目の本塁打を打たれたときにはさすがに「もうダメだと思った」が、「背番号をもらえなかったやつのためにも絶対に負けられなかった」という思いで13回をバックに守られながら投げ抜き、そして自らのスクイズで試合を決めた。翌日の朝日新聞には、「18年間の生活の中でいちばん長い一日でした」という岡本投手のコメントが載っている。試合開始13時00分、試合終了17時00分。4時間にも渡る死闘、「岡本投手の一番長い日」は、静岡県高校野球史上に残る伝説の名勝負として今でも多くの人々の記憶に残っている。 (文中敬称略) |
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▽盗塁死−森口(5回)、宮沢(7回)、山田(10回)▽走塁死−野村(9回)▽暴投−佐藤(13回) ▽失策−森口(4回)、中村(5回)▼審判−奥川(球)、深沢、東、小泉(塁)▼試合時間−4時間00分 |
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